今朝も5時半に起きて約1時間ほど走って気持ち良い汗をかいたのですが、その最後、家に着く直前にハッとひらめきました。以前から私はThe Kokumotsu Companyと、あえて穀物をKokumotsuという言い方にして、日本の穀物文化を世界に広めよう!といってきたのですが、これはもう一つどういうことなのか、私の中で不明確でした。ただ、日本に独特の穀物の文化があるはずだ、という思いがあったのでそういうものを世界に広めよう、ということだったのですが・・・。今回のアメリカでの食事を経験して、また昨日、社員のみんなとアメリカで買ってきたお米製品を試食してみて、ハッとしたのです。
それはアメリカには穀物を主食として捉える概念がないのではないか?ということです。シカゴで立派なステーキハウスで美味しいカンザスビーフもいただきました。またシカゴで有名なピザのお店にも行きました。ロスでは美味しいコース料理もいただきました。しかしやっぱり穀物を主食にして、それをおかずで食べる、という概念は全くないよなあ、と思ったのです。また昨日試食した無菌パックのご飯なんかちょっと日本人では食べられないようなレベルだったのですが、あれは日本人にとっての主食としてのご飯ではなく、付け合せの一つくらいの食材なのか・・・と思い至ったんです。要するに日本の穀物文化というのは、ご飯を主食にしてこれを中心に食事が成り立つ、ということなのか、ということに気付いたのです。
確かにアジアをもっと研究しないとこの穀物=主食というだけでは日本の独自の文化というにはあたらないかもしれません。しかし少なくともアメリカではこの穀物を主食とするという考え方を文化として広めていくことがThe Kokumotsu Companyとしての役割なのか、と思えてきました。このアプローチはもしかすると非常に大変なことかもしれません。お醤油だってアメリカであれだけ普及していますが、それは日本人が考える醤油の使い方ではなく、アメリカの文化に融合した形で普及しているのですから。お米の市場があれだけ広まったのは主食ではなかったから、ということも言えるのでしょう。ただ我々が目指す方向性として穀物を中心に据えた食生活をどこまで浸透できるか、ということに挑戦したい気がしてきました。
だからこそ我々が気をつけねばならないのは、日本人が評価するお米の価値観と主食文化のないアメリカに住む方々が評価するお米の価値の軸は全く違う、ということです。当然のこととして雑穀への評価もまた全く違うことになるのでしょう。昨日食べたアメリカの加工食品を「なんだ、こんなまずいものを食べているのか!」といってしまうのは簡単ですが、なぜこういうものが事実として普及しているのか、ということをもっと考えねばならない、、ということでしょう。自分達の価値観からアメリカでの市場展開、商品開発をしていってはいけない、ということです。幸い我々にはオーストラリアのスタッフ、アメリカの販売代理人のパワーもあります。こういう人たちの知恵をネットでフル活用して、事業展開していくってなんだかワクワクします。さて、どうなりますか・・・。















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