2010年2月

ヴァンフォーレ甲府 キックオフパーティー

 いよいよJリーグの開幕の季節がやってきました。やっぱりヴァンフォーレ甲府の試合がないと寂しい気がしていましたが、この季節になるとワクワク、ドキドキしてくるのは私だけではないでしょう。今日は恒例のキックオフ・パーティーが甲府で行なわれ、私も出席してきました。会場に到着するとまだ1時間以上も前なのに、熱心なサポーターがもう入場を並んで待っていました。この姿にも「本当にありがたいなあ・・・」と思いながら会場へと急ぎました。

 まずそれに先立って行なわれたスポンサーのパーティーがあったのですが、そこへ選手が入場し壇上に整列したときにその体格のよさ、堂々たる自信に満ちた姿に改めて「すごいクラブになったなあ。」と素直に感じました。そしてこの厳しい経営環境の中でも、この会場に集まったスポンサーの多さにも「本当にありがたいことだ。」と感じました。それだけ今年のヴァンフォーレ甲府に期待しているスポンサー、サポーターが多い、ということでしょう。確かに今年は例年にない大型補強にも成功しましたし、昨年の主力メンバーはしっかり残っています。サッカーの専門家から見ても「今年のヴァンフォーレは強い」と評価されているようです。

 

 私はスポンサーを代表させていただきご挨拶もさせていただいたのですが、そのとき申し上げたのは「いい気になっちょし!(なるな)」ということです。サッカーの素人である私に言われたくはないでしょうが、昨年の勝ち点1でJ1昇格を逃したことは今年の成績には何の保証も与えない、ということです。今年はJ1から千葉、柏というビッグチームが降格してきて、1年でのJ1昇格を宿命つけられています。実際彼らの力は非常にある、といえるでしょう。そういう意味ではJ1昇格は昨年以上に難しい条件であるといえます。こういう現実を直視し、いかに前評判が高かろうとも、挑戦者たる気持ちを持って一丸となって戦って欲しい、と申し上げました。

 

 私はヴァンフォーレ甲府のひたむきさが大好きです。サッカーの戦術的なことは良くわからないのですが、そのチームの「らしさ」というのは、むしろ考え方、取り組む姿勢といったものが左右するのではないかと考えています。戦略、戦術はその時代や、競合相手、所属するメンバーの特性などによって変化するべきところは変化すべきでしょうが、変えてはならないのは甲府で言えばサッカーに対するひたむきな姿勢ではないかと思っています。これは絶対に失って欲しくないし、試合中も発揮し続けて欲しいと思っています。その姿勢がある限り、この小さな県・山梨県で1試合1万人以上の人が集まり愛されるヴァンフォーレは成長し続けると信じています。

 

 サポーターが選手と楽しそうに交流している姿を見て、私も幸せな気持ちになりました。小さな子供があこがれの選手にサインをもらって、恥ずかしそうに、でもすごく興奮した面持ちで大事そうにそれを持ち帰る姿に思わず微笑んでしまいました。こういうつながりがきっと山梨にいろいろな良い影響を及ぼしていくんだろうな、と感じました。佐久間GMが目指す本当に社会に貢献するJリーグのチームとして、このヴァンフォーレ甲府が着実に一歩一歩歩んでいることを感じた1日でもありました。でもプロスポーツはやはり結果を残してなんぼ!です。この年末に皆でヴァンフォーレ甲府のJ1昇格を祝えることを心より祈念しています。山梨県民に今年も感動と希望を与えてください!

関西スーパーさん

 先週の金曜日、大阪にある関西スーパーさんの創業50周年謝恩パーティーに参加してまいりました。さすが関西の雄・関西スーパーさんの50周年!という感じで、いろいろなスーパーの社長、食品問屋の社長、また食品メーカーの社長さんが多数お集まりになって大変な盛況でした。昭和34年に大阪・伊丹に第1号店を出店されてから50年。その間、日本の食品スーパーをいろいろな意味でリードしてきたのが関西スーパーさんだと思っています。またオール日本スーパーマーケット協会(通称:AJS)という組織を立ち上げられ、日本全国のスーパーさんにそのノウハウを共有しようと努力されてきた功績も大だと敬服しています。

 講演会も終わり、祝宴となったのですが、その冒頭に現AJSの会長であるスーパー・サミットの荒井会長が祝辞を述べられました。この内容に私はなるほど!と感じたのでご紹介します。荒井さんは関西スーパーさんが起こしたイノベーションを次のように解説しました。

 元来アメリカで発祥したセルフサービスのスーパーと言う業態ではあるが、日本の生活者は世界一、生鮮品に対する要求が高い国民である。その高い要求に対して、関西スーパーさんが初めてチェーンストアの食品スーパーとしてそのオペレーションを確立したことが、彼らのイノベーションの本質なのだ、というのです。そしてその確立のために様々な独創性ある工夫がなされ、それを惜しげもなく他のスーパーさんに公開し、広めていったことが今のAJSという組織なのだ、とおっしゃいました。

 

 私もはくばくに戻った頃、関西スーパーさんが他のスーパーから注目され、また商品政策のお手本とされていることに驚いたことがあります。当時は「関西スーパーさんで採用されました。」といえば、他のスーパーさんにかなり影響を及ぼせたことを思い出します。今回の荒井会長のお話を聞いて、そういうことだったのか、と得心がいきました。自分達が開発したノウハウはその会社の競争優位のための財産ですから、それを同業他社に教えてあげる、というのは大変なことです。しかしそのお陰で業界全体が発展するというのもまた事実です。関西スーパーさんは正にそういうことをAJSという組織を使って実現し、その結果食品スーパーさんのレベルが向上して行ったのだな、と思いました。

 

 ここからはやや私的な話になってしまうのですが、はくばくにとって関西スーパーさんといえば、私の叔父・武久というくらい叔父は深い関係を築かせてもらっていました。今は引退し自宅にいるため、今回のこの50周年のお話を報告に行ってきたんです。関西スーパー・北野名誉会長からも直接伝えて欲しい、という言葉もいただきましたし、叔父の高校の同級生である伊藤ハムの河西社長からも「くれぐれも宜しく言ってくれ」ということも伝言として預かってきました。また宴席の隣に座った方も、「叔父さんには大変御世話になったよ、といわれたのでその名刺も見せました。このAJSという組織の中で叔父はかなり名の知れた存在でしたから、至るところに叔父の知り合いがいらっしゃいました。

 

 叔父は久しぶりにそういった懐かしい方々の名前を聞いて、本当にうれしそうで満足そうでした。今の井上社長とは毎年必ず飲んでいまして、私も一緒に付き合ったこともありますが、本当に親しい関係だったと思います。今回いただいた50周年誌の井上社長の写真をうれしそうに眺めていました。叔父にとって関西スーパーさんは本当に特別な存在であったでしょうし、その関係が深まったことで当社もどれだけ恩恵を被ったかは計り知れません。私も久しぶりに叔父に会ったのですが、こういう報告ができて、喜んでもらえたことをうれしく思いました。つくづく思うのは、こういう先輩達のご苦労があっての今のはくばくなんだな、ということです。「信用は最大の財産である」、というのは当社・創業社長の座右の銘ですが、正にそれを実感した日でもありました。

 

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プロフィール

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株式会社はくばく
代表取締役社長
長澤重俊

1966年ひのえうま生まれの43歳。
東京大学ラグビー部卒。(本当は経済学部)
住友商事を経て1992年はくばく入社。
気合と体力で全国を駆け回っています。
ヴァンフォーレ甲府の躍進を心から期待しています。