43歳の誕生日

 昨日の5月5日・こどもの日は私にとっては43回目の誕生日でした。自分ももう43歳かあ・・・。早いものです。ちなみに今日は妻にとっても43歳の誕生日なんです。ということで1日違い、ということですね。そして5月9日が結婚記念日で、その翌日10日が長男・俊太郎の15歳の誕生日ということで、この1週間は我が家はお祝い続きです。

 さて実はこのところ私もお仏壇にお線香をあげるようになりました。特に何かがあったわけではないのですが、何となくお仏壇に線香を供えたくなるのです。これは自分の中では何かにすがっているのではなく、ご先祖様への感謝の気持ちでやっているつもりなのですが。その中でも創業社長の祖父・重太郎に話をすることが多いように思います。それが今回の本題です。

 昨日もお線香をあげてフッと重太郎が亡くなったときのことを思い出したのです。私は15歳で中学3年生でした。そして息子も同じ年になった、ということはちょうどあのころの自分みたいなものだなあ、と。自分ではあのころ、一丁前の大人のような気がしていたものです。でも今考えると、当たり前のことですが本当に子供でした。すると私は今、あのときの父・利久と同じ年回り、ということになるんだな、と思ったのです。そして思ったことは、自分はあの創業社長が亡くなったときの父と同じだけの人物になっているか、ということでした。

 祖父の死は突然やってきました。倒れる当日の朝、ゴルフをやっていたくらいですから。現役創業社長の突然の死は会社にとっても、長澤家にとっても一大事だったでしょう。父もちょうど43歳でした。その怒涛の日々を乗り越え、はくばくを何とか経営していくことに父はどれだけの苦労をしたことでしょう。眠れない日が幾度もあった、とも聞いています。さて、今の自分はどれだけの厳しさを持って経営に当たっているか・・・と考えてしまいました。

 一番の違いを感じることは経営に対する思いの強さという点です。「何としても、誰が何といおうとこれをやり抜くんだ!!」という強い思いを父は持っていました。そしてその背景に私心はなく、ただ一心に「はくばくを守り抜く」「社員を幸せにする」ということに支えられていたからこそ、社員も厳しい決断に必死についていったのだと思います。一方で私のこれまでの6年間の経営は「流れをうまく捉える」というものだったように思います。この点では私はうまくやって来れたように思っています。しかしもっと高い志を持って、自ら働きかけ、全力を挙げて経営に当たっていたか、というと???という反省があります。

 流れをうまく捉える、ということももちろん大事です。だから私が目指すべきは、世の中の動きをこれまで以上に深く考え、流れに乗ることからさらに一歩進んで流れを作るような仕事をするようにたい、と思っています。自分の人生ももう半分は十分過ぎたことでしょう。これまで生きてきた以上の長い時間はもう残されていない、ということをもっと切実に受け止めて、1日1日を全力をあげて生きていきたいと久しぶりに思いました。思えば中学、高校生のころのほうがまだ未確定の人生に対して真剣だった様な気がします。ある程度の見通しがついたような気になっていてはいけない、と反省しました。もう一度自分の人生を精一杯生きる、という基本を忘れてはいけない、ということですね。

 それはそうと、今日は妻の誕生日に私が作ったカレーを食べてこれから祝おうと思っています。幸せな人生に改めて感謝です。

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コメント

しげさん

43歳の誕生日おめでとうございます。

腹筋腕立てをする姿を拝見して33歳の間違いではないのかな、、、などと、、、思ってはいませんが、、、

6月にお会いできるのを楽しみにしています。

シゲ会長

43歳の御誕生日おめでとうございます。
はくばくオーストラリアに就職させていただきまして早1年が経ちましたが、ブログを拝見しましてシゲ会長の強い思いを身近に感じることができ、気持ちを新たに頑張っていこうと思います。

おっ、オーストラリアからのお祝い、ありがとう!
うれしいです。
まだまだ未熟な経営者ですが、穀物をもっと美味しく沢山食べてもらうんだ!という強い思いをもって事業に当たりたいと思います。
そうそう、オーストラリアでは”日本の穀物の食べ方を広めよう”という思いで行きましょう。
6月に会えることを楽しみにしています。
4月は良い成績だったようで何よりです。コウジ社長を是非皆で支えてあげてください。

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プロフィール

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株式会社はくばく
代表取締役社長
長澤重俊

1966年ひのえうま生まれの43歳。
東京大学ラグビー部卒。(本当は経済学部)
住友商事を経て1992年はくばく入社。
気合と体力で全国を駆け回っています。
ヴァンフォーレ甲府の躍進を心から期待しています。