私は最近「当たり前」のことに気づきました。それは一人一人の生活者は「穀物だけを食べているんじゃない」ということです。「何、言ってるの?」と思われるでしょうが、こういうことです。
私たち「はくばく」は「The Kokumotsu Company」として穀物の感動的な価値を創り、もっと多くの人に心から喜んで穀物をもっと食べてもらいたい、と思ってきました。そしてこれは今も本当の思いです。しかしそれだけを目指していては、生活者には魅力はないんだ、ということに気づいたのです。つまり食事全体として魅力あるものになって初めてお客様は「ああ、こういう食事をしたい」と思ってくださるのであって、単に穀物が良いですよ、おいしいですよ、と言っているだけでは片手落ちも片手落ち、全く独りよがりなんだ、と思いました。穀物だけの価値を訴えていても、それは業界の都合、とも思われかねません。テレビでよくやる「○○が体に効く!」ってな類に近い発想ですよね。
つまりもちろん素敵な穀物ごはんが真ん中にあってほしいのですが、それを取り巻くおかずもこれにふさわしいもので、食事全体がバランス良く、しかも簡単で、おいしい、ということが必要なんだ、ということです。例えば、おいしい味噌汁は欠かせませんね。また手作りの漬物なんていいですねえ。またちょっと面倒なときは、昔ながらの佃煮なんていうのも逆に新鮮でしょう。また地元で取れた野菜のおひたしなんかも素敵ですね。そこに季節が感じられたら、最高です。動物性の蛋白にはやっぱり魚が基本でしょうか・・・。
という風になって初めて「ああ、こういう食事をしたいなあ」と心底思うのでしょうし、満足を得るのでしょう。これは先日枝元さんたちと新年会をしたときに驚いたことがひとつの気付きでした。枝元さんお手製の鍋パーティーを自宅兼スタジオで開いたのですが、その最後に枝元さんが自家製の古漬けと麦ご飯を出してくれたときのことです。もちろんそれまでのお鍋もおいしかったのですが、その古漬けと麦ご飯を「おおっ」という感嘆の声とともに一心にかき込む若い人たちの姿に驚いたのです。それまでのトーンと違いました。「ああ、彼らにとってはむしろこういう食事が新鮮で、おいしくて、望んでいるんだ」と思ったのです。麦ご飯だけではなくて、おいしい漬物があってのご飯ですものね。
だからといってそういう食事を完璧に提供しよう、というのではありません。しかし生活者は本当ならばそういうことをしたい、だけれでもできない、このギャップを少しでも埋めていける活動をしよう、ということです。もちろん私たちが一番力を発揮できる、またしなければならない分野は穀物ごはんです。しかしその周りにもしっかり目を向けて、自分たちがお手伝いできる部分は、同じ志を持つ違う得意分野を持つ仲間と手を組んでやっていくこと、これがやりたいことなんだ、と思ったのです。
やや、堅くなってしまったことを反省します。でも言ってみれば当たり前のことですが、私にとっては大きな大きな発見であり、さらに自分たちの仕事が面白くなる、やりたくなる発見だったので書かせてもらいました。こんなことで、本当に人様のお役に立ちたいものです。



こんにちは、はじめまして、食い意地が張ってるのがとりえのkebanecoと申します。
私の知り合いに、プロ野球選手が体改造のために玄米食にして健康になったという本を読んで玄米を食べ始めた人がいます。彼は海外出張にも玄米を持参するほど「はまって」いて、一緒に出張して以来我が家も100%玄米だったり「はくばく」の商品を足したお手軽玄米・雑穀食だったり(笑)
彼の場合は「玄米を食べる」ということを中心に「じゃぁおかずはなんにしたらいいんだ?」ということを考えるようになったみたいです。
なので、「穀物さきにありき」も「おいしいお味噌さきにありき」も、きっかけはなんでもアリなんじゃないでしょうか?要は「食べること」をみんながもうちょっと真剣に考えるようになることなんじゃないかと。。。
志を同じくする仲間と手をくんで・・とおっしゃる長澤社長の思いが形になっていくことを、楽しみにしてます!
kabanecoさん、コメントありがとうございます。
確かにおっしゃるとおりですね。
私も食に対して高い志、問題意識を持っている方々がそれぞれの分野で頑張ることが大事だと思います。
そしてそれぞれの分野が協力してこそ、その動きは加速する、ということを認識して、それに向けて具体的に行動することではないかと、と思っています。
これからも体にも心にも良い食事のために、よろしくお願いいたします。